運命学へ(61)
はるか昔、殺人犯にナンパされたことがある。はっきりとその名前を書くのは差し控えるが、その犯人は大量殺人者ということで異例の速さで死刑になった。当時のことは鮮明に覚えている。仕事の帰りだった。いつものようにJR大阪駅の近くにある横断歩道を歩いていたら、あとをつけてきたと思われる三十代の男に声をかけられた。「歩くのが速いですね。追いつくのに走りました」と男は息をきらせて早口でそう言った。わたしはその当時、毎晩のように布団の中で人相の本を読んでいた。本を読みながら寝ていたといったほうが正確かもしれない。その本に「面肉横生」という人相について書かれた箇所があった。顔が横方向に引っ張られた感じの人相なのだが、具体的にどういった顔なのかは漠然としていてわからなかった。しかし男の声で振り向いて近い距離から男の顔を見たとき、この顔こそが面肉横生にちがいないと確信した。男は名前の横に精神科医という肩書のある名刺を差し出し、近くでお茶を飲みませんかと誘ってきた。名刺をいきなり差し出したことや、その肩書が精神科医になっているのはおかしなことだった。すぐに面肉横生の人相は「極めて残忍」と本に書いてあったのを思い出したので、その申し出は丁重にことわった。それから半年後だった、あの事件がおきたのは。もうあれからずいぶんと時間が経過しているが、今でもあの事件を記憶している人は多いと思う。それほど衝撃的な事件だった。あの日、テレビに映し出された犯人の顔を見て、わたしは心底から驚愕した。