運命学へ(24)

それでも男は妖しい雰囲気のある美人に弱い。ヘンリー・ミラーというアメリカ人作家の二番目の妻が、まさにこういった類の女性だった。文学青年のヘンリーは、この女性を一目で好きになった。ジューンという名前だが、ヘンリーは、ダンスホールでダチョウの羽の衣装をつけて悠然と歩くジューンの姿が忘れられなくなった。実際のジューンは、精神がいくぶん不安定ではあるが、美貌以外はこれといった才能のない平凡な女だった。しかしヘンリーは、その妄想力を駆使して、ジューンを自分のファム・ファタールに仕立て上げた。悪い女に翻弄される自己イメージにこだわったのだ。ジューンは男をまどわす女として作品の中に登場するが、これはすべてヘンリーが、自分勝手に実際のジューンを歪曲したり誇張したりしたものだ。ジューンはヘンリーの「運命の女」とされているが、本当のところは、ヘンリーが運命に翻弄される自分を描きたくてジューンを利用しただけだった。ヘンリー・ミラーの代表作は運命に翻弄される自分を描いた、まさしく『運命の書』だ。これこそが初出版作品『北回帰線』の隠れたタイトルだ。師匠が運命について語る仕事をしつつ、悪い女にいれあげているのは、まさにヘンリー・ミラーが自分の芸術のためにやったことと同じだ。ヘンリーは自分の芸術を確立しようと必死だった。それと同じく師匠は、その女に大金を与えてしまうほど真剣に、自分の運命学に取り組んでいるのだろう。

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