読まれなかった本

あれほど街中を歩き回って、わたしが探していたもの。それは、いまになってようやくはっきりとわかる。わたしが探していたのは、言葉だった。言葉、言葉、言葉。Word, word, word.
まるでハムレットのセリフのよう。
 平日の空いた日、まず最初に行くところは書店だった。わたしはいつも、書店の棚に並んだ本の背表紙に書かれたタイトルを片端から読んでいった。学術書のコーナー、実用書のコーナー、文庫のコーナー、新書のコーナー。どのコーナーでもよかった。いろいろなコーナーをぐるぐる回って、ひとつ、その日の気分と感覚にぴったりくるタイトルを見つけられたら、その日は大収穫だった。別にその本の内容に興味をもったわけではない。本のタイトルを自分勝手な思い込みで、好きとか嫌いと決めつけて、とくに嫌な気分になった本があったら、迷わずそれを買った。
 ということは、いつも嫌な気分で日々を過ごしていたことになる。本って、言葉の重箱みたいなものだから、わたしは自分が嫌な気分になる言葉ばかりを集めて、それでよしとしていた。もちろん、そんな嫌な印象の本なんて読むはずもない。読まれる可能性のない本が、どんどん家の本棚の空き場所を占領していった。引っ越しをするときに全部処分したが、真新しい本を、過去の残骸として捨てたことには罪悪感を感じる。

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